銀誓館学園との抗争はまだ長引きそうだ。
魔人・筧小鳩は、ひきずる脚の痛みに、争いの規模を再確認していた。
銀誓館学園。
1990年代に突如発生した、怪異大発生現象、「シルバーレイン」による霊障に対応するために作られた、対怪異専門能力者育成機関である。
シルバーレインが発生する前は、この日本の地に現在ほどの規模のゴースト、リビングデッドなどの『怪物』も、それに対抗できる『能力者』すらもほとんどいない状況であった。
実に、『常識的な日本』が展開されていた時代である。
筧・小鳩は、この育成機関・銀誓館学園自体を、シルバーレインによる大規模霊障のひとつと捉えている。
より正しく言えば、彼の師であった筧次郎がその様に認識していたのを、受け継いでいる。
筧次郎も筧小鳩も、厳密にはシルバーレインによる能力者とは少し違う。
立場こそシルバーレインによって発生した落とし子達を滅ぼす、魔性の殲滅勢力に属してはいるが、彼ら自身はシルバーレインが発生する前から理不尽を体現する魔人であった。
シルバーレインが発生する前には全く怪奇現象が起こっていなかったと言えば、そうではない。ただ、科学的常識に照らし合わせることで個々の人間がそれを『怪奇』と認識していなかっただけだ。
この理不尽を理不尽として受け止めず、常識のフィルターを通して都合のいいように認識する構造を『世界結界』と言う。
シルバーレインは、近年ほころび始めたその世界結界の隙間から零れ落ちた、地球の原初から存在する『怪異の種』である。
結界のほころびと怪異の発生により、人類は常識のフィルターではなく、そこにある理不尽を理不尽であるがままに目で捉え、耳で聞き、体で感じるようになった。
『世界結界』が認識を抑制するものであるなら。
当然、シルバーレイン以前に怪奇現象をあるがままに感知できる『例外存在』も居たし、怪奇現象を発生させる『例外存在』も居た。
(でなければ、現代日本には霊感などという概念はもはや存在しなくなっているはずだ。)
世界結界による怪異の発生そのものが抑制されていたといえど、やはり怪異自体もそれを感知するものも共に0ではありえない。
筧次郎と筧小鳩は、その『シルバーレイン以前の怪異』にあたる。
次郎は殺めた霊魂に呪われ怪異存在として目覚めるに至り、小鳩は生まれから既に魔人であった。
その視点で見れば、怪異を怪異として認識しその勢力を強力にしていく銀誓館学園自体が『シルバーレインの落とし子』として認識されるのは無理からぬことだ。
『ねえ、小鳩。人でなしは、人でなしでなければいけないんですよ。』
次郎はただ一言だけ、そう言った。
理不尽であるもの。人間が作り上げ積み上げた科学と歴史を踏みにじるもの。
魔法。異端。方術。呪文。信じられなくなった全ての迷信。
「だから、全てを叩き潰さなければならない。」
怪異そのものをこの世界から完全に消し去るために。小鳩は戦っている。
不意に小鳩が頭を下げた。舞い上がった髪をブレードローラーが焦がし散らしていく。
「……氷着(コールドスタンバイ)。」
「逃がしませんわ、『道具(アームズ)』。」
銀髪の筧小鳩がベルト型のデバイスを装備に転換する間、金髪の『蹴』撃者が小鳩の前方へ煙を上げて着地した。
小鳩の両腕に鋼鉄の龍が巻きつく。両の手のひらは龍の顎に代わり、左手の龍の胴体は腕から胸、首へと食い込むように巻きつき上半身を守る甲冑となり、右手の龍は肩の後ろへその長い尾を下ろす。スカートはズボンへと変貌し、膝から下が銀色の甲殻に包まれた。
金髪の女が同じくカードを引き出しイグニッション、と呟くと、両足のブレードローラーが一回り大きなものに変貌した。右腕には小鳩と同じデザインの、地面に尻尾を下ろす龍が宿り、左手には龍の代わりに虎色のグローブが宿る。手のひら全体を覆うそれは小鳩と違い、牙が手の甲、すなわち拳を握って打つ際に噛み付くものとなっている。
「……。」
「わたくし、基本的には一本気なのですよ。」
金髪の女が言う。
「時と場合によっては移り気で。そんな柔軟な適応力をうまく生かして今まで綱渡りをしてきたのですけどね。
好きな人にはニコニコしまして、そうでない殿方にもそれなりに愛想を振りまいて。」
五年。初遭遇から五年。金髪の女は目の前の銀髪を追いかけてきた。
五年。初遭遇から五年。その間に銀誓館学園も変わった。自分も学年が上がり、OGと呼ばれるものになり。
五年。この筧・小鳩は自らの主人であった筧次郎を打ち倒し、『魔人』としてその地位を確立した。
「……外面ばかりよくて、内弁慶なのですね。世渡りだけが上手な。」
小鳩が両の龍を構える。その顔は仮面のように無表情で、瞳は空気まで凍りつくようなアイスブルーに輝く。
「銀誓館の学生生活は、器量と才能だけで軽くこなせるものではありませんの。」
金髪の女が片足を引き上げ、朱雀の頭が象られた爪先を晒す。その頬は闘志と憎悪に歪み、瞳は魂ごと焼き尽くさんとするような烈火に揺れる。
「……だから人に見えない努力なんて白鳥並み以上に積み上げてまいりました♪」
「……。」
次の瞬間、互いの背後に爆風が巻き起こり、二人の間の空間が圧縮された。尖った鉄片が花のように散る。
小鳩の右の龍が縦に罅割れ、金髪の女の朱雀が嘴を割られた。
すれ違う形で立ち止まる二人、同時に地面を踏みしめ龍の尾を叩き付け合うと、また間合いを取った。
金髪炎眼が再び地を蹴り距離を潰す。
「ですから、きっとわたくしがナンバーワン!」
突き入れられた虎の牙が龍の鱗と火花を散らし、更に金髪炎眼が罅割れた朱雀の脚で鋭く啄ばむ。
抉られた小鳩の皮が、金髪の女の瞳のように暗く赤い雫を散らした。金髪少女の手足が更に鋭く舞う。
「でも貴方もそこそこかもしれませんわ!それはわたくしと比べるから分が悪いだけでね!
何しろスタートラインがもうはるか遠くにあって、そう簡単には抜けない、ある意味出来レース、」
龍の拳が小鳩の腕を止め、
「なのです、」
虎の拳がガードを跳ね上げ、
「ものっ!」
脚という名のレイピアが小鳩の胸を鋭く突いた。小鳩の体がまっすぐ後方に飛び、アスファルトを抉って転がる。
「八百長などではなく、正々堂々。もちろんね。」
嗜虐的な笑みを浮かべ、金髪女は倒れる小鳩に残心を向ける。
「……柔な女を演じこそすれ、弱い自分など見せるつもりはありません。……主の名にかけて。」
何事も無かったかのように。海の波が迫るように、ぬっと小鳩が起き上がる。
口元には血。胸当ては割れて残骸のみになり張り付くばかり。
「芯の無い『ニンゲン』に興味はございません、寧ろ。」
砕けた龍の篭手を打ち捨て、肉の拳を構えて再び両の脚で強く地面を捉える。
「弱虫は大嫌いでございます。」
右龍の尾が地面を打ち、小鳩の体を飛ばす。真っ直ぐ打ち出された拳を、金髪の女の膝当てが受ける。
「玉虫色の言葉など、沈黙と同じ、そうでございましょう?」
右の龍が金髪女の口を抉ろうとひねりこまれる。
「言いたいことは明らかに述べる。そして、撤回は行わない。決して。」
スウェーからカウンターで放たれた蹴りをくぐり、更にそれにカウンターの左拳を打つ。金髪女の腹部が派手にへこんだ。
「世辞や社交辞令に満ちた会話は柄ではございません故。」
嘔吐する女の金髪をつかみ頭を持ち上げ、右の龍拳で打ち飛ばす。
「本気を見せぬ大人のことは少しばかり、距離をおいて見てしまうのですよ。」
金髪女のガードは何とか間に合った。首と引き換えに両腕の篭手が粉々に。しかし浮かぶ体を許すほど小鳩は甘くもなく。
「やはりわたくしが最も輝いているようですね。」
走りこむ。蹴りが繰り出されるが、肘で打ち落とす。
「それは、たとえるなら生まれながらにダイヤの原石であるかのような。」
更に踏み込み、両腕で金髪女の体を吹き飛ばす。
「もっと巨大な存在にならなければ、もはや何かが間違っている。
まだわたくしに気づいていない世情に疎い人外たちも、この龍撃砲で」
右の龍の口が輝く。
「心臓をロックオンいたします。」
先ほどのお返しとばかり、金髪女の鳩尾に龍の息吹を叩き込む。
しかし、女は血こそ吐いても吹き飛びはせず。
「我慢しておりますが。」
踏み堪えたクレーター状に陥没している。
「もはや限界まで来ていますわ。」
その瞳は地獄の業火のような。血と肉を幾千幾万焼いて足りぬ炎のような。
「わたくし、将来目の前に立ちふさがる全てのゴーストに今すぐにでも説教をしたいと常々思っておりますの。」
イグニッション!
金髪女の装甲がリフレッシュされる。四神をあしらった形状はそのままに、脚部は無数の爪が生えた猛禽の脚のような鈍色に輝く鋼鉄が追加された。
「このわたくしを無視するその度胸は何様なのか!」
振り上げた脚を、高速で小鳩の頭に落とす。
「そう、素直になればよろしいのに。直ちにひれ伏せば。」
顔から地面に落ちた小鳩を見下ろす。
「もう、毎日薔薇色の血を散らせて成仏確定。」
もう一度振り上げられた踵はまるでギロチンのように禍々しく輝き。
「多分ね!」
断罪が執行される。
――――世間で思われるほど、実はそんなに華やかではない暮らしぶり。
小鳩の脳裏に、次郎の笑顔が浮かぶ。
――――同じ年の派手目な女子より、或いは。地味な毎日かもしれませぬ。
掃除屋として人や幽霊を暗い続ける日々。得た金は全て装備に消え、時間は全て鍛錬に消え。
倒れるわけにはいけない。
鬼機械・開(ききかい かい)。
鳴り響いたのは金属音。
銀の篭手に押しとどめられた自分の足を見て、金髪女の脳にアドレナリンが注入される。
――――厳しい毎日、休みさえ鍛錬。
――――しかし気持ちは充実していた。心などいつも晴れ晴れとして。
――――こいつと戦うのと楽しみに装備と化粧まで整えて。
――――今日も実に
「いい感じですわ!!」
銀の篭手を蹴り上げる。その篭手は龍ではない。ただの銀の篭手。
「きっとわたくしは自由!」
小鳩が吼え返す。足元の装甲ももはや砕けて散って。
「それは確かに、多忙な殺害予定にいつ朽ち果てるともしれぬ修羅の道、」
彼女はその姿を見せた。能力者でも、ニンゲンですらない、古に魔族の手で作られた種族、『魔機族』レプリカントの本性を。
識別番号w3-A379=O-MA 性質:純血機族(開発理念分類:第12号"銀の手のヌァダ”)の末裔 個体名称:『鳩』。
人化擬態 解除。
「なれどわたくしに声をかけてくれたあのすばらしい主が居る!」
砲弾のような拳が金髪女を襲う。
「もし信念を曲げたなら彼を裏切ることに、それはできない!すなわち!逆説的にフリー!」
渾身の拳が、蹴りに止められる。
金髪女の顔が愉悦と優越に歪んだ。
笑止!
「わたくしこそが一番!今輝いているのですわ!生まれながらにダイヤの原石とはわたくしのこと!」
蹴り。拳。
主張する魔拳。
「鳩が更に強大になれないなら、世の理の方が間違っている!!」
拳。拳。蹴り。蹴り。
咆哮する神脚。
「まだわたくしに気づいていない、認識の甘い化物共も!!!」
蹴り、蹴り。拳、拳。蹴り拳拳蹴り蹴り蹴り拳拳蹴り拳拳拳!
「この必殺奥義〈魅力ビーム)で!」
「命(ハート)をロックオン!」
魔性の銀の雫が結実する。
「「するっ、」」
金髪を振り乱し、火炎の瞳が突撃し、剣のように必殺の脚を振り下ろす。
銀髪を振りかざし、氷の瞳の小鳩は、震脚で下半身を固定。スピードを上半身に乗せ換え、破滅の拳を打ち上げる。
「「のっッッツツ♪♪♪!!!」」
金属と魔力の破片、血と肉の破片、拒絶と憎悪の破片が渦を巻き上げ。
氷結の死神と火炎の化身が作る力場は更に勢いを増し、一向に衰える様子を見せない。
私はアイドル/ミキ・ハルカッカ・チハヤ
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