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人の死に軽い重いつけちゃいけないんでしょうが、
闘魂の学舎の恩師の死にはやはり重みを感じてしまいます。
(まあへーシンクは欧州柔道で多大な名声を得ていたわけでありますし・苦笑)
猪木さんが事業等で忙しくなって道場での練習が見れなくなったときに、真っ先に道場を任せたのが小鉄さんなわけで。
選手引退させてまで、道場での指導を任せたことに対して、猪木さんは一種の後ろめたさを感じていたのではないか。
(小鉄さんは自身の引退に対して「猪木さんに言われちゃしょうがないじゃないか」と発言しています)
その小鉄さんの引退試合はいつであったか。
80年4月4日。
4月4日と言えば、
そう、猪木さんの引退試合と同じ日付なんですね。
小鉄さんに引退させてまで道場を任せたことへの申し訳なさを、
18年後、猪木さんは自分も小鉄さんと同じ日付で引退することで落とし前をつけたのではないか。
猪木さんは何も言わないが、
小鉄さんも何も言わないか、
お互いに心の深いところでは通じ合っていたと思います。
小鉄さんのご冥福を心からお祈りいたします。
合掌。 |